2024年3月5日、「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律案」が閣議決定され、国会へ提出されました。生物多様性をテーマとするひさしぶりの新法となります。
●「ネイチャーポジティブ」に向けた新法の制定へ
2022年12月、生物多様性を討議する国際的な会議であるCOP15(生物多様性条約第15回締約国会議)にて、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が合意されました。
これは、生物多様性に関する2050年のビジョンとゴールを提示しつつ、2030年までの生物多様性に関する世界目標を定めたものです。
ビジョンでは、「2050年までに、生態系サービスを維持し、健全な地球を維持し全ての人に必要な利益を提供しつつ、生物多様性が評価され、保全され、回復され、賢明に利用される」自然と共生する世界を目指し、ゴールでは、2050年までに自然生態系の面積を大幅に増加させることなどが定められました。
さらに2030年のターゲットも設定され、そのうちの一つして「30 by 30(サーティー・バイ・サーティー)」が定められました。これは、2030 年までに陸域と海域の少なくとも30%以上の保全を目指すことを意味します。
現在、国際社会は、「2030年までに自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること」を意味する「ネイチャーポジティブ(自然再興)」を旗印に取組みを進めています。
しかし、日本の現状は、陸域が20.5%、海域が13.3%を保護地域として保全しているにすぎず、「30 by 30」目標達成に向けたハードルは高いと言えるでしょう。
そこで、その対策の一つとして登場したのが本法案となります。
日本には、国立公園など自然保護地域が各地にあるとはいえ、それを拡大させることは容易ではありません。その取組みだけではとても目標達成にはおぼつかないため、本法では、別の法制度も整備しようとしているのです
本法の概要は、次の図表の通りです。
地域生物多様性活動促進法の概要
法律名「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律」 | |
基本理念・基本方針 |
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事業者の努力等 |
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認定制度 | ①増進活動実施計画
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②連携増進活動実施計画
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その他 |
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●基本理念と事業者の努力
本法は、生物多様性の損失が続いている状況を踏まえ、事業者等による地域における生物多様性の増進のための活動を促進する認定制度などの措置を講じることにより、豊かな生物多様性を確保することを目的にしています。
「生物多様性」とは、一般に、①生態系の多様性、②種の多様性、③遺伝子の多様性の3つを指します。生物多様性基本法では、「様々な生態系が存在すること並びに生物の種間及び種内に様々な差異が存在すること」と表現しています(第2条1項)。
この生物多様性の確保のために、本法では、まず基本理念として、生物多様性その他の自然環境の保全と経済及び社会の持続的発展との両立が図られ、豊かな生物多様性の恵沢を享受できる、自然と共生する社会の実現を掲げました。
また、主務大臣(環境大臣、農林水産大臣及び国土交通大臣)は、「地域生物多様性増進活動」の促進に関する基本的な方針を策定することにしました。
「地域生物多様性増進活動」とは、文字通り地域における生物多様性の増進のための活動を指します。本法では具体的には次の項目を掲げています(第2条3項)。
○里地、里山など人の活動により形成された生態系の維持・回復
○在来生物の生息地・生育地の保護・整備
○生態系に被害を及ぼす外来生物の防除、鳥獣の管理
本法は、こうした基本理念・基本方針を定めるとともに、事業者の努力も促しています。
事業者に対しては、①自らの事業活動における生物の多様性の重要性に対する関心と理解を深めるよう努めること、②事業内容に即した地域生物多様性増進活動を実施するよう努めることの2点を求めているのです。
●2つの認定制度と特例措置
地域生物多様性増進活動の活発化を促すために、本法では、2つの認定制度を設けました。
一つは、増進活動実施計画の認定制度です。
地域生物多様性増進活動を行おうとする企業等は、増進活動実施計画を作成し、主務大臣に認定を申請することができます。
認定を受けた者は、自然公園法に基づく許可等の手続を不要とする特例等を受けることができ、これにより活動に必要な手続をワンストップ化・簡素化することができます。
もう一つは、連携増進活動実施計画の認定制度です。
市町村は、地域の多様な主体と連携して連携増進活動実施計画作成し、主務大臣に認定を申請することができます。
認定を受けた者は、自然公園法に基づく許可等の手続を不要とする特例等を受けることができ、これにより活動に必要な手続をワンストップ化・簡素化することができます。
また、連携増進活動実施計画の認定を受けた市町村は、その計画の区域内の土地の所有者等と協定を締結することができる制度を設けることができます。
本法の施行日は、一部を除き、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日です。
●広がる生物多様性の動きを踏まえて、求められる事業者の役割
事業者は、本法の何に着目し、何をすべきでしょうか。
本法は、前述の通り、個々の事業者に対して具体的な規制措置を定めているわけではないので、各企業が直ちに何かをしなければならないということはありません。
しかし、事業者への努力義務として、「自らの事業活動における生物の多様性の重要性に対する関心と理解を深めるよう努めること」を定めている以上、自らの事業活動と生物多様性との関連を整理することは求められているでしょう。
その上で、事業内容に即した地域生物多様性増進活動を検討し、可能であれば実施することが期待されています。
事業活動は、様々な面で生物多様性と深い関わりがあります。
例えば、環境省の「生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)」(令和5年)では、事業活動を行う場所での土地改変、原材料の調達、提供製品・サービスでの影響など、様々な事例を提供しているので、参考になるでしょう。
こうした資料等を活用し、その関わりを検討してみるべきでしょう。
※環境省「生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)」(令和5年)
また、昨今、ESG投資の進展により、事業者が積極的に生物多様性保全に取組むことが経営上のメリットにもなりつつあります。
前述の認定制度を積極的に活用することにより、企業価値の向上につなげるとよいでしょう。
本法案とは別に、2024年2月13日、「都市緑地法等の一部を改正する法律案」も国会に提出されました。
ここでは、生物多様性の確保も一つの課題として位置付けた上で、民間事業者等による緑地確保の取組みを国土交通大臣が認定する制度を創設しようとしています。
認定を受ければ、都市開発資金の貸付けにより支援されることになります。
都市緑地法は、国土交通省所管の法律です。我が国の法体系において、生物多様性の保全が急速に浸透していきていることを示しています。
「生物多様性は自社には関係の無い話題」と思いがちですが、時代は動いていることを認識し、先手を打って取り組むべきテーマとなっているのです。
◎「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律案の閣議決定について」(環境省)
⇒ https://www.env.go.jp/press/press_02863.html
(2024年04月)