「ネイチャーポジティブ」という言葉を聞いたことはありますか?
最近、企業の環境分野でも少しずつ浸透しつつあるようです。筆者は、「カーボンニュートラル(脱炭素)」と「サーキュラーエコノミー(循環資源)」とともに、これからの環境の取組みの重要なキーワードの一つになるのではないかと思っています。
この用語は明確に定義されているわけではなく、論者によって多少の違いはありますが、「2030年までに自然の損失を回復軌道に乗せ、2050年までに自然を完全に回復させる」という意味だと言えるでしょう。すでに多くの自然を失ってしまったいま、自然の損失を回復させるというポジティブな動きをしようという考え方です。
2022年12月、このネイチャーポジティブを目指して、カナダのモントリオールにて生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が開催されました。そこでは、新たな生物多様性に関する国際的な目標となる「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。
その枠組には、生物多様性に関してこれから企業に求められていることも定められているので、そのポイントを押さえておくことが重要です。COP15で決まった生物多様性の国際目標の概要は、次の図表の通りです。
COP15で決まった生物多様性の国際目標の概要
●COP15にて採択された文書「昆明・モントリオール生物多様性枠組」 ※COP15:「生物多様性条約第15回締約国会議」 ●ポイント:2050年のビジョンとゴールを提示しつつ、2030年までの生物多様性に関する世界目標を定めた。2010 年に採択された愛知目標の後継目標となる。 |
|
2050年ビジョン、ゴール |
・2050年ビジョン「自然と共生する世界」(愛知目標と共通内容) ・2050年ゴールとして、A~Dの4つを定める
|
↓ | |
2030年ターゲット |
・2030年ターゲットとして、ターゲット1~23を定める ・主なターゲットの概要
|
昆明・モントリオール生物多様性枠組では、生物多様性に関する2050年のビジョンとゴールを提示しつつ、2030年までの生物多様性に関する世界目標を定めました。
2050年ビジョンとは、2050 年までに、生態系サービスを維持し、健全な地球を維持し、全ての人に必要な利益を提供しつつ、生物多様性が評価され、保全され、回復され、賢明に利用される「自然と共生する世界」です。
こうした自然と共生する世界を実現するために、4つの2050年ゴールを定めました。
そのうち、ゴールAでは、「2050年までに自然生態系の面積を大幅に増加させる」ことや「2050年までに、すべての種の絶滅率及びリスクが 10 分の1に削減され、在来の野生種の個体数が健全かつレジリエントな水準まで増加される」ことなどを求めています。
また、ゴールBでは、生物多様性が持続的に利用及び管理されることなどにより、2050 年までに現在及び将来の世代に便益をもたらすことを、ゴールCでは、遺伝資源等から生じる利益が、公正かつ公平に配分されるともに、2050 年までに大幅に増加されることを、ゴールDでは、年間 7,000 億ドルの生物多様性の資金ギャップを徐々に縮小し、資金などの十分な実施手段を確保することなどを定めました。
こうした2050年目標を達成するため、さらに2030年の23のターゲットが定められました。
例えば、ターゲット3では、2030 年までに陸域と海域の少なくとも 30%以上を保全することを目指すことにしています。これは、「30 by 30(サーティー・バイ・サーティー)目標」と呼ばれるものです。
「30 by 30」は、2021年のG7サミット(主要7カ国首脳会議)でも合意されています。
日本も、陸と海それぞれで30%以上の区域において生物多様性を保全するということですが、かなり厳しい目標です。なぜなら、日本の現状は、陸域が20.5%、海域が13.3%を保護地域として保全しているにすぎないからです。「30 by 30」目標達成に向けたハードルは高いと言えるでしょう。
日本政府は、これを達成するために、国立公園などの保護地域とともに、保護地域以外の生物多様性保全に貢献している場所を環境省が自然共生サイト(仮称)として認定する事業を進めています。この「保護地域以外の生物多様性保全に貢献している場所」には、里地里山とともに、「企業有林」も含まれてきます(2022年7月記事「工場緑地が「自然共生サイト」へ!?~陸・海の自然30%を保護する「30 by 30」目標とは?」参照)。
また、次のターゲット 15も、企業に関係するものです。
生物多様性への負の影響を徐々に低減し、ビジネス及び金融機関への生物多様性関連リスクを減らすとともに、持続可能な生産様式を確保するための行動を推進するために、ビジネスに対し以下の事項を奨励してできるようにしつつ、特に大企業や多国籍企業、金融機関については確実に行わせるために、法律上、行政上、又は政策上の措置を講じる:
- (a) 生物多様性に係るリスク、生物多様性への依存及び影響を定期的にモニタリングし、評価し、透明性をもって開示すること。すべての大企業並びに多国籍企業、金融機関については、業務、サプライチェーン、バリューチェーン、ポートフォリオにわたって実施することを要件とする;
- (b) 持続可能な消費様式を推進するために消費者に必要な情報を提供すること;
- (c) 該当する場合は、アクセスと利益配分の規則や措置の遵守状況について報告すること。
ここでは、ビジネスにおける生物多様性への影響評価や情報公開の促進について定めています。
今後、サプライチェーン全体での負荷低減の取組みや企業の情報開示の国際的なルールメイクが一気に進むことが予想されています。
規制強化だけでなく、企業としての自主的取組みの可能性についても十分に検討していくことが求められています。
◎生物多様性条約第15回締約国会議第二部、カルタヘナ議定書第10回締約国会合第二部及び名古屋議定書第4回締約国会合第二部の結果概要について(環境省)
⇒ https://www.env.go.jp/press/press_00995.html
(2023年1月)