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騒音・振動・悪臭の基準は「地域住民のみなさん」!?

Author

環境コンサルタント
安達宏之 氏

 ある化学工場を訪れたときのことです。その工場は大都市郊外にあり、まわりは少しの田んぼの他は、ほとんどが住宅地になっていました。

 工場の敷地境界線のあたりを歩いていると、時々、「ブォーン」という騒音が聞こえてきたので、工場の方と話しました。

 「すこし気になる音がしますが、これは何ですか?」
 「製造ラインの○○設備からの音ですね。」
 「外は住宅地ですし、近隣の方から苦情が出たりしませんか?」
 「数カ月前に自治会から指摘されましたので、測定してみたのですが、騒音規制法などの規制基準はクリアしていました。自治会にもその旨を報告し、工場のドアをなるべく閉めて注意しますとお話ししておきました。」

 しかし、工場の建屋に近づいてみると、ドアは開けっ放しのままでした。現場の作業員によれば、頻繁にフォークリフトが出入りするので閉めておくのは現実的ではないということでした。

 筆者は、本件は苦情が出ている以上リスクは低くないと判断し、何らかの対策を施し、かつ住民とのコミュニケーションを更にとるべきであるとコメントしました。工場サイドでも対策の検討を始めました。

 筆者が訪問して数日後、突然、地元自治体と自治会関係者から連絡が入り、騒音対策を強化するよう申し入れがありました。対策が進んでいないように見える工場に業を煮やし、自治会は自治体に相談を持ち掛けたそうです。

 後日、自治体が敷地境界線における騒音の測定をしたところ、確かに規制基準を上回っていないものの、自治会としっかり話し合うように要請されました。
 そこで、工場側は自治会と話し合う場を作りましたが、その話し合いは平行線を辿りました。真摯に騒音対策に向き合っていないという意見も出たそうです。自治会には工場に対する不信感もあったのでしょう。
 結局、住宅地に隣接する建屋での夜間操業をとりやめる措置を取らざるを得なくなりました。

 こうしたトラブルは、少なくありません。
 筆者がこれまで訪問した工場・事業所において、近隣とトラブルになるテーマのほとんどは騒音・振動・悪臭問題です。この事例のように、操業制限に至る場合もありますし、最悪の場合は工場移転に追い込まれる場合もあります。

 騒音・振動・悪臭対策はなかなか難しい問題です。
 これらの法規制の概要は、図表の通りです。

騒音・振動・悪臭の法規制

騒音規制法
  • ①工場・事業場への規制
    指定地域内の特定施設へ規制
    ・例:7.5kW以上の空気圧縮機など(騒音規制法)
    届出規制基準遵守
  • ②建設作業への規制
    ・指定地域内の、くい打機などの建設作業をする場合、
     届出、規制基準遵守
振動規制法
悪臭防止法
  • ①規制基準の順守
    ・規制地域の事業場は、規制基準遵守 ※施設の限定なし
    ※基準には、
    特定悪臭物質濃度規制(22種類)又は②臭気指数規制
  • ②事故時の措置
    ・事故で基準超え、応急措置、通報
条例(都道府県、市町村)  例:新潟市生活環境保全条例の騒音規制の対象施設(一部)
  クーリングタワー(冷却塔)0.75kw以上
  送風機(ファン)3.75kw以上
  空気圧縮機(コンプレッサー)3.75kw以上

 工場・事業場における騒音規制法と振動規制法の規制では、まず、指定地域内の特定施設を設置する場合、届出と規制基準遵守が義務付けられます。
 特定施設とは、騒音規制法の場合であれば、7.5kW以上の空気圧縮機など11の施設を指します。

 一方、悪臭防止法の規制では、規制地域の事業場に対して一律に規制を課し、規制基準の遵守を義務付けています。施設を絞り込むことなく広範に規制の網をかける反面、騒音規制法等のように事前の届出を義務付けているわけはありません。

 さらに、この分野の規制には、生活環境保全条例等において自治体が独自に対象施設を定めて届出や規制基準遵守を定めている場合があるので、注意が必要です。
 図表では、新潟市の条例規制を例示していますが、このような規制は珍しくなく、ごく一般的な自治体の独自規制となります。

 では、こうした規制に対して、工場等はどのように対応すべきでしょうか?

 少なくても、法令遵守を確実に行うことは言うまでもありません。
 そのためには、対象施設や対象物質、規制基準の内容をしっかり把握し、自社が取り扱うものがそれらに該当しないかどうか、定期的又は設備等の導入時にチェックする手順を定めて対応すべきです。

 しかし、事例のように、法令遵守だけで終わりにするべきではありません。
 このテーマに関して筆者が直面した多くのトラブルは、法令違反の事象ではなく、近隣からの苦情となります。
 つまり、工場等が気にすべきは、法令遵守とともに、できる限り騒音等を抑える努力を続け、近隣と真摯に対話することなのです。

 騒音等の対策としては、設備更新や防音壁等の設置による対策とともに、作業工程や作業方法の変更により効果をあげることもあります。
 職場で話し合いと試行錯誤を繰り返しながら実施すると意外と気づかなかった対策にたどり着くこともあります。

 その上で、近隣との対話を進めていきましょう。
 工場近くの住宅でモニターとなる家庭を広く募集し、緊密に連携しながら騒音等の防止に取組む企業がありました。あるいは、工場長が工場内を巡視するときは必ず簡易な騒音計を持ち歩き、工場近くを散歩されている方々に声がけして状況を説明する企業もありました。

 方法は様々でしょうが、騒音・振動・悪臭の基準は「地域住民のみなさん」にあるといっても過言ではないことを肝に据え、対策に取り組むことが望まれます。

参考文献
安達宏之『企業事例に学ぶ 環境法マネジメントの方法 ―25のヒント―』
※本書は、本連載の記事を改訂・追加し、再構成したものです。
https://www.daiichihoki.co.jp/store/products/detail/104656.html

(2023年12月)

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