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労働安全衛生法の化学物質規制が抜本改正へ!~「自律的管理」とは何か?

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環境コンサルタント
安達宏之 氏

労働安全衛生法の化学物質規制に悩む事業者は少なくありません。

労働安全衛生法という法律はもちろんのこと、その下位規則となる特定化学物質障害予防規則(特化則)や有機溶剤中毒予防規則(有機則)など、規制法令の数が多いことに加え、規制事項も詳細に渡り、何をどこまで対応しなければならないのか、対応に戸惑う声がよく聞かれます。

そうした状況の中で、2021年7月に公表された厚生労働省の審議会報告書「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会報告書」(以下、単に「報告書」と略)が大きな波紋を呼んでいます。
なぜなら、この報告書は、これまでの規制内容を大幅に変えることを求めているからです。

現在、報告書の内容に基づき、法改正の準備が進められていますが、今号では、報告書のポイントをまとめておきたいと思います。

事業者規制の観点から、報告書のポイントをまとめると、次の通りになると思われます。

事業者規制の観点から見た検討会報告書のポイント

自律的な管理のための体制整備 ●化学物質を譲渡・提供する場合のラベル表示・SDS交付対象を、約2,900物質に拡充(現在、約700物質)まで拡充
(リスクアセスメントとその結果に基づく措置の義務付け)
●ラベル表示等を義務づける物質のうち、国がばく露限界値を定める物質は、その濃度以下で管理することを義務付け
●規制対象物質の製造または取り扱いを行うすべての事業場に、化学物質管理者の選任の義務付け、職長教育、雇い入れ時と作業内容変更時に教育を行う対象業種を拡大
危険有害性情報の伝達 ●SDSの内容充実、定期的な更新を義務づけ
●事業場内で他の容器に移し替えるときのラベル表示等を義務づけ
個別の規制の柔軟化 ●特定化学物質等の健康診断を、一定要件を満たす場合に緩和
●高濃度ばく露作業環境下でのばく露防止措置を強化
遅発性疾病対策 ●がんの集団発生時の報告を義務づけ

現在の労働安全衛生法による化学物質規制は、石綿(アスベスト)など8物質について製造・輸入を禁止するとともに、123物質について特化則や有機則によって個別具体的な措置義務を課しています。

また、123物質を含む約700物質については、SDS(安全データシート)の交付やラベル表示、リスクアセスメントの義務を課しています。

さらに、その他の数万にのぼる物質については、ラベル表示等を努力義務にするとともに、保護具の備え付けなど、一般的な措置義務の規定にとどめ、具体的な措置基準を設けていません。

つまり、現在の仕組みは、特化則等の規制対象になると、規制が一気に厳しくなるというものです。

ところが、化学物質による休業4日以上の労働災害は、特化則等の規制対象となっていない物質によるものが約8割となっていました。
そこで、報告書では、現状の規制の仕組みでは不十分であると判断し、これを抜本的に改めることとしたのです。

報告書の最大のポイントは、これまでの特化則等による個別具体的な規制を改め、「自律的な管理」を基軸とした規制にするというものです。

具体的には、措置義務の対象とする化学物質を大幅に拡大する一方、国が定めた管理基準を達成する手段については有害性情報に基づくリスクアセスメントにより事業者が自ら選択可能にすることにしました。

つまり、国が基準を設定し、事業者はその基準内で化学物質を取り扱う義務を負うものの、その対応方法は事業者に任せるということです。これを「自律的な管理」と呼んだわけです。

なお、特化則等の対象物質については引き続き同規則を適用し、一定の要件を満たした事業者には、特化則等の対象物質にも「自律的な管理」を容認するということです。

こうした「自律的な管理」のための政策変更が、規制強化になるのか、又は規制緩和になるのか、様々な意見があるようですが、筆者は、「規制強化」の動きだと判断しています。

なぜなら、図表の冒頭で示した通り、化学物質を譲渡・提供する場合のラベル表示・SDS交付対象を、現在の約700物質から約2,900物質に大幅に拡充することになるからです。
そうなると、これまで個別具体的な措置を講じる必要の無かった約2,200物質についても、ラベル表示とSDS交付を行うとともに、リスクアセスメントも実施しなければならなくなります。

報告書では、リスクアセスメントとその結果に基づく措置の義務付けを求めており、規制がスタートすれば、取組み事項が格段に増える事業場が続出することでしょう。

また、報告書では、ラベル表示等を義務付ける物質のうち、国がばく露限界値を定める物質は、その濃度以下で管理することを義務付けることも提示しています。

さらに、規制対象物質の製造または取り扱いを行うすべての事業場に対して、「化学物質管理者」の選任を義務付けるとともに、職長教育や雇い入れ時と作業内容変更時に教育を行う対象業種も拡大するとしています。

この他に、危険有害性情報の伝達に関する措置として、①SDSの内容充実、定期的な更新を義務付け、②事業場内で他の容器に移し替えるときのラベル表示等を義務付けなども提示されています。

今回ご紹介した化学物質規制は、あくまでも労働安全衛生法の規制です。
実は、これとは別に、環境面からの化学物質管理を定める化管法においても、対象物質の見直しが検討されています。

今回の労働安全衛生法の改正を注視するのはもちろんのこと、当面は、化学物質規制全般の今後の動向を慎重に見極める姿勢を維持することが必要でしょう。

◎職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会(厚生労働省)
⇒ https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_06355.html

(2021年9月)

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