大栄環境グループ

JP / EN

トップへの報告事項を吟味する

安達先生アイコン画像

環境コンサルタント
安達宏之 氏

 ある化学メーカーの本社を初めて訪問し、環境法への対応状況を確認していると、実に優れた対応をしていることに感心しました。

 多くの企業において環境法順守の仕組みが整備されているものの、取組みがうまくいっていないことが少なくありません。
 ところが、この会社では、担当者の教育・対応、事務局の情報入手・整理、社内周知、順守のチェックなど、どの場面をとってもよくできていました。現場の管理状況も概ね問題はありませんでした。

 その理由は、社長とお会いしたときにわかりました。環境法を順守することへの強い意思を表明し、事あるごとにその重要性と徹底指示を社員に伝えていたのです。

 社長は次のように発言されました。
 「環境事務局から、年2回、環境法の順守状況と課題についてきちんと説明を受けています。昨年は、異動してきた担当者の力量アップと化学物質対策に課題があるという報告を受けたので、その対応を指示し、その後の状況報告も受けています。」

 ISO14001やエコアクション21などの環境マネジメントシステムを運用している企業では、年1回程度、社長や工場長などのトップに活動状況を報告する仕組みがあります。ISOでは「マネジメントレビュー」と呼ばれます。
 この企業では、このマネジメントレビューがうまく機能していたのです。

 ISO14001では、トップへの報告事項と、それを受けたトップからの指示事項の枠組みを定めています。
 次の図表では、これらISOの要求事項をヒントに、環境法に関するトップへの報告事項とトップからの指示事項の例をまとめてみました。

環境法に関するトップへの報告事項と指示事項の例

項目ISO14001の枠組み実務での留意点(例)
トップへの報告 マネジメントレビューは、次の事項を考慮しなければならない。
a) 前回までのマネジメントレビューの結果とった処置の状況
b) 次の事項の変化
 1) 環境マネジメントシステムに関連する外部及び内部の課題
 2) 順守義務を含む、利害関係者のニーズ及び期待
 3) 著しい環境側面
 4) リスク及び機会
c) 環境目標が達成された程度
d) 次に示す傾向を含めた、組織の環境パフォーマンスに関する情報
 1) 不適合及び是正処置
 2) 監視及び測定の結果 
 3) 順守義務を満たすこと
 4) 監査結果
e) 資源の妥当性
f) 苦情を含む、利害関係者からの関連するコミュニケーション
g) 継続的改善の機会
法令順守の徹底の指示にどう対応したか
法改正と対応方法はどうなっているか
事業・設備の変更と法令調査と対応に課題はないか
○外部審査・内部監査・監視測定・順守評価結果から順守状況に課題はないか
担当者の力量を確保できているか(教育計画を含む)
トップからの指示事項 マネジメントレビューからのアウトプットには、次の事項を含めなければならない。
− 環境マネジメントシステムが、引き続き、適切、妥当かつ有効であることに関する結論
− 継続的改善の機会に関する決定
資源を含む、環境マネジメントシステムの変更の必要性に関する決定
− 必要な場合には、環境目標が達成されていない場合の処置
− 必要な場合には、他の事業プロセスへの環境マネジメントシステムの統合を改善するための機会
− 組織の戦略的な方向性に関する示唆
○法令順守の仕組みと状況に課題があるかないかの結論を明示しているか
○担当者の力量アップの必要はないか(教育計画の見直しを含む)
効率的かつ有効な法令順守の仕組みを指示しているか

 環境法令に関するトップへの報告書をこれまで多く見てきた筆者の実感で言うと、順守状況に問題が無いとする順守評価の結果をまとめた書類の提出にとどまっている企業が多いという印象です。

 事務局や現場では、本当のところ法令順守が徹底されているのか不安に感じている企業においても、このような報告書にとどまっていることがありました。
 ある企業では、それに加えて、過去1年間の間に法令違反を問われて行政指導された事案があったにもかかわらず、それに関する報告すら抜けていました。報告が形骸化していたのです。

 そうではなく、「法令順守の徹底の指示にどう対応したか」、「法改正と対応方法はどうなっているか」、「事業・設備の変更と法令調査と対応に課題はないか」、「外部審査・内部監査・監視測定から順守状況に課題はないか」、「担当者の力量を確保できているか(教育計画を含む)」など、きめ細かく報告することにより、トップに適切な状況把握ができるようにすべきでしょう。

 こうした報告を踏まえれば、自ずからトップからの指示事項も具体的になってくるはずです。
 それを後押しするように、事務局は、「法令順守の仕組みと状況に課題があるかないかの結論を明示しているか」、「担当者の力量アップの必要はないか(教育計画の見直しを含む)」、「効率的かつ有効な法令順守の仕組みを指示しているか」など、具体的な指示事項の案を投げかけていくとよいでしょう。

 マネジメントレビューの際にこうした点に留意するということは、法令順守に関するトップのコミットメント(関与)を明確にするということです。

 やや極端に言えば、こうした改善をすれば、仮に法令順守に課題が生じれば、現場や事務局のミスではなく、トップの判断に課題があったことになります。
 この状況を理解すれば、トップの法令順守への意識も強化されるでしょうし、それは社内への法令順守意識の向上にもつながるはずです。

 ISO14001やエコアクション21などのEMSに対して、この仕組みがあたかもボトムアップで行うものと捉えられる風潮がありますが、これは大きな誤解です。
 どちらもトップのコミットメントを基底に据えたトップダウンの仕組みです。
 強力なリーダーシップがなければPDCAサイクルを回すことはできません。

 法令順守に対してトップのリーダーシップが機能していない現状があるとすれば、まずはいかにトップの意識が変わるかということを課題設定し、トップへの報告事項を改善するとよいのではないでしょうか。

参考文献
安達宏之『企業と環境法 ~対応方法と課題』(法律情報出版)
http://www.kankyobu.com/sp/book3.htm

(2022年06月)

PAGE TOP