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努力義務規定は、吟味して管理対象とする

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環境コンサルタント
安達宏之 氏

 自社に適用される環境法の規制をリスト化することは、ISO14001やエコアクションなどの認証取得企業だけでなく、環境法を適切に順守したいと願うすべての企業にとって有効な方法です。

 適用法令の全体像を把握せずに、企業内で各部門がバラバラに規制に対応している場合、どうしても対応に抜け漏れが出てしまうからです。
 したがって、ISOなどを認証取得していない企業に対しても、私は適用法令のリスト化を提案しています。

 「法規制登録簿」などと呼ばれるこうしたリストは、法令のどのような規定まで書き込むべきなのでしょうか。

 特に、「努力義務規定」をどこまで書き込むかによって、企業の対応は分かれるようです。今回は、この努力義務規定の取扱いについて考えてみましょう。

 一般に、法律の条文のうち、事業者に対して何からの行為を求めるものには、「義務規定」と「努力義務規定」の2種類があります(図表参照)。

 図表のとおり、条文の末尾が「~しなければならない。」又は「~してはならない。」という表現をしている場合、義務規定であると考えるとよいでしょう。
 この場合、対象となる者は、原則として、そこに記載されている事項を順守しなければなりません。違反した場合、行政からの命令や罰則などがあります。

図表:義務規定と努力義務規定

種類条文の表現例具体例
義務規定 「~しなければならない。」 ●騒音規制法6条1項 指定地域内において工場又は事業場(特定施設が設置されていないものに限る。)に特定施設を設置しようとする者は、その特定施設の設置の工事の開始の日の三十日前までに、環境省令で定めるところにより、次の事項を市町村長に届け出なければならない。
「~してはならない。」 ●水質汚濁防止法12条1項 排出水を排出する者は、その汚染状態が当該特定事業場の排水口において排水基準に適合しない排出水を排出してはならない
努力義務規定 「~に努めなければならない。」 ●地球温暖化対策推進法20条の5 事業者は、事業の用に供する設備について、温室効果ガスの排出の抑制等のための技術の進歩その他の事業活動を取り巻く状況の変化に応じ、温室効果ガスの排出の抑制等に資するものを選択するとともに、できる限り温室効果ガスの排出の量を少なくする方法で使用するよう努めなければならない。

 一方、条文の末尾が「~に努めなければならない。」と記載されている場合、それは努力義務規定となります。
 努力義務規定には、違反した場合の明確な罰則等が定められていません。対象となる者にその規定内容を実施するよう努力することを求めているものの、具体的に義務付けられたものとはいえない規定のことです。

 図表における地球温暖化対策推進法20条の5を読んでみるとわかるように、実際の規定例を見ても、個別具体的な事項を書いているわけではなく、一般的な責務が書かれています。

 このように、努力義務規定は義務規定とは明確に異なるものであり、企業に個別具体的な義務を求める条文ではありません。例えば、ISO14001の順守義務のうち、「法的要求事項」に該当するものとは言えないと考えられます。

 一方、努力義務規定を法規制登録簿に書き込む企業も少なくありません。
 環境法には努力義務規定が数多くあるので、これを法規制登録簿に書き込むと、登録簿が膨大な量となってしまいます。
 その結果、本来、自社が順守すべき事項(義務規定)が何であるのかを理解できなくなる担当者も出てきているようです。

 そこで、努力義務規定を登録簿に含める場合は、「それは自社が順守すべき事項か」を自問し、厳選して書き込む姿勢が求められます。

 2018年6月、気候変動適応法が成立しました。
 本法は、地球温暖化が深刻化することを背景に、これまでの温暖化対策だけでは不十分となり、温暖化に適応するための施策を講じざるを得なくなった事態を受けて成立したものです。

 ただし、本法はあくまでも気候変動対策の枠組みを定めるものであり、企業に対して何かを義務付けるものではありません。

 企業に関連する主な規定は、次のとおりです。

●気候変動適応法
(事業者の努力)
第5条 事業者は、自らの事業活動を円滑に実施するため、その事業活動の内容に即した気候変動適応に努めるとともに、国及び地方公共団体の気候変動適応に関する施策に協力するよう努めるものとする。

 食品関連のある企業では、自社の法規制登録簿に本規定を載せていました。

 その意図を確認したところ、「産地を開拓し、農業者とともに持続可能な農業支援と食材提供をしてきた食品産業として、気候変動適応は正面から取り組むべきテーマ。努力義務であることは承知しているが、法規制登録簿に載せて、自ら順守すべき規定と捉えた」ということでした。

 そして、その具体的な取り組み内容を「自社の事業活動への気候変動の影響を調査分析して、対策を検討する」と自ら決めていました。現在、その年間計画を策定し、活動を進めています。
 努力義務規定を「社会の方向性」と捉えて、主体的に取り組む好事例といってよいかと思います。

 このように、適用規制をリスト化する際には、まずは義務規定を確実に順守できるようにすべきです。
 ただし、そこで終わりにするのではなく、努力義務規定を前向きに受け止めて、自社であればどのような対応ができるかを検討し、その次の活動に進むためのツールとして活用するといいでしょう。

参考文献 安達宏之『企業と環境法 ~対応方法と課題』(法律情報出版)
http://www.kankyobu.com/sp/book3.htm

(2018年11月)

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