BUN 環境課題研修事務所
長岡文明 氏
※この⼩説記事はフィクションであり、実在の⼈物、団体、事件等とは⼀切関係ありません。
主な登場人物
「山崎専務、縞馬屋に定例の打合せに行ってきますが、何か伝えておくことはありますか」営業の社員から声が掛かった。
「ん?特段無いかな。ご苦労様」と返事はしたものの、山崎には気になっていたことがある。
産業廃棄物処理業者、セントラルクリーンの専務取締役である山崎は数ヶ月前、食品メーカー株式会社縞馬屋直江工場の工場長の阿部の依頼で、隣県の中間処理業者「エコアザリサイクル」の堆肥化センターの現地確認に身分を伏せて同行したのであった。
結果はあまり芳しいものではなかった。(詳細は前号で)
「阿部工場長、ちゃんと本社には報告したのかなぁ」
山崎は気にはなっていたものの、あくまでお得意様の、しかも他の工場に関することであるし、なんと言っても自分は本当の身分を隠しての同行であった事から、自社の部下と言えどもあまり知られたくは無かった。
「近いうち、直接阿部工場長を訪ねてみるかな」といつも思うのであるが、どうしても目先の業務に追われて数ヶ月が過ぎていた。今日も、県の出先機関である上杉県直江支庁環境課と来月予定している研修会についての打合せが有り、そちら優先になってしまった。
環境課廃棄物対策係の前田技師を訪ねたが、妙に環境課全体がばたついている。
「なんかあったの?」山崎が尋ねた。
「あっ、山崎さん、申し訳ないです。ちょっと緊急案件が出てしまって。打合せ、また、後日にお願いできませんか」前田が答えた。
山崎が立ちすくんでいると、係長の長尾がやってきて「すみませんねぇ。実は隣県から依頼業務が入っちゃって・・・」
「緊急事案が入るのはお互い様だから、いいんだけど、折角、来たんだから、何が起きてるか位は教えて貰ってもいいかな」
「それじゃ、私は部下に指示して一段落したところなので、私がお相手するよ。前田君はそのまま今の業務続けてて」と長尾が山崎の相手をすることになった。
「お茶も出せないけど、椅子位は出すよ。お座り下さい」いつものパイプ椅子である。
「明日になれば業界には知れ渡ると思うし、行政も公表することになる事案だから、お伝えするよ」長尾が話し出した。
「山崎さんは、エコアザクリーンって知ってる?」
知ってるも何も数ヶ月前にこの目で見てきました・・・ということは縞馬屋との関係も有り話すわけにはいかない。
「同業者だから名前位は聞いたことあるけど、付き合いは無いなぁ。隣の伊達県の産廃業者だよね。それがどうしたの?」
「そこが、ギブアップ通知を出したみたいなんだ」
「ギブアップ通知って、私はもう処理できません。ギブアップです、って通知ですよね」
「そう、平成22年の改正の時に出来た制度で、29年の時に一部改正になった制度。正式には、適正処理困難通知って言うんだ。第14条第13項、第14条の2第4項、第14条の3の2第3項で規定していて、状況は微妙に違うんだけど、いずれにしても自分じゃ処理できません、って宣言だね」
いつものことではあるが、条項がそらんじて口からすらすらと出てくることに山崎は感心しながら「で、どうなるんですか?」と先を促した。
「正式にはまだ出していないようなんだけど、エコアザクリーンに処理を委託している会社の一つが伊達県の環境課に『適切な措置報告』を出したようなんだ」
「『適切な措置報告』ってなんでしたっけ」
「マニフェストが期限内に戻ってきていない時などに知事に提出する報告書。法律第12条の3第8項を受けて省令第8条の29で規定している報告書ですよ」と言い、手元にあった廃棄物処理法法令集をペラペラとめくり、山崎に提示した。
「この報告書ですか。制度が出来たときの研修会では聞いていましたけど、実際にはお目に掛かったことはないなぁ。」
「そうですねぇ。私もまだ3回目くらいかなぁ。真面目な処理業者はこんな状況にはならないし、排出事業者も制度を知っているところはマニフェストの回付期限の10日前くらいにはチェックするから90日経っても返ってこないって事案は滅多に無い。逆に・・・これは大きな声じゃ言えないけど、制度を知らない排出事業者は90日過ぎてもこの報告書を提出しなければならないってことすら知らないから報告書は出てこない」
「でも、報告書を出さないと罰則もあるんでしょ」
「いや、たしか罰則は規定されていなかったんじゃないかなぁ。でも、この報告をせずに事態が悪化したりすると排出事業者も措置命令の対象になるんだ。第19条の5第1項第3号ヘ、だったかな」
「条文まで教えてもらわなくても長尾係長の言葉は信じていますけど、・・・・その報告書が伊達県に提出された、と?」
「そうみたいなんだ。それで、最悪の事態では措置命令を発出しなければならなくなる。その準備段階として、エコアザクリーンに処理を委託している排出事業者はそちらにはありませんか・・という調査依頼がさっき来てね。それで今手分けして確認作業をやっているところなんですよ。山崎さんのところのお得意様でエコアザに処分を委託しているところ無い?」
「とんでもないですよ。さっきも言ったとおり、名前を知っていた程度で、うちとは一度も取引したことは無いですよ」
確かに嘘では無い。行ったことはあるが、取引をしていたのは縞馬屋でしかも、直江県の縞馬屋の工場では無く、伊達県の工場である。
「そんな状況なら仕事の邪魔はしませんので、打合せはまた今度にしましょ」
「悪いね。一段落付いたら前田から連絡させますから」
山崎はそそくさと支庁を後にして、その足で縞馬屋直江工場の阿部工場長を訪ねた。
「おぉ、山崎さん、ちょうどいいところに。今、そちらの会社に電話入れたところだったんですよ」阿部は山崎を応接室では無く、空いていた小会議室に通した。
<つづく>
今回の確認
関連バックナンバー
※「これで解決!はいきぶつ」に掲載している記事は、各執筆者が作成した原稿を基に作成・編集しております。
記事に含まれる法令解釈等につきましては、各執筆者の⾒解であり、当社がその内容を保証するものではありませんので、解釈等の疑義が⽣じた場合は、各⾃治体にご確認ください。
なお、記事内容は掲載⽇時点の情報であり、その後の法令改正等により内容が変更されている可能性がございますので、予めご了承ください。