BUN 環境課題研修事務所
長岡文明 氏
※この⼩説記事はフィクションであり、実在の⼈物、団体、事件等とは⼀切関係ありません。
主な登場人物
阿部は山崎に小声で話しかけた。
場所は食品メーカー株式会社縞馬屋直江工場の小会議室であり、特段小声でなくとも外部の人間に聞こえるわけでは無いのに、人は都合の悪いことを話すときは自然と小声になるものらしい。
「山崎さん、さっき本社から連絡があってさぁ、近日中にも伊達工場に県庁から立入検査があるらしいんだよ。例のあの件らしいんだ」
「エコアザクリーンの件ですね。実は今日私が訪ねたのもその件なんです。さっき支庁の環境課に行きましたら、なんかバタバタしていましてね、それとなく聞いたら教えてくれました」
「それなら話は早いよ。実は本社から伊達工場に応援に行ってくれと要請があってさ。私は廃棄物処理法に詳しいわけじゃないのに、数ヶ月前のファインプレーは私の手柄になっているんだよ」
「我々の代理現地確認の結果を受けて、伊達工場がエコアザクリーンとは取引を中止したって件ですか」
「そうそう、私からの報告を受けて、本社が指示してあの後直ぐに伊達工場はエコアザクリーンとは契約を解除しただけでなく、その時点で未処理になっていた伊達工場から出た産廃は全て撤収したらしいんだ。エコアザの方からは抗議は来るし、工場長は自分とこの担当者から責められるしで対応に苦労したらしいんだけどね。今となっては、あの時すっぱりと関係を清算しておいてよかったと。それであの件は私のファインプレーと評価されたみたいなんだ」
「それはよかったじゃないですか。私も同行した甲斐があったというもんですよ。でも、長年取引してきた会社と突然契約を解除するのはたしかに大変だったでしょうね。私の会社が契約解除なんて通告されたら、そりゃ怒こりますもの」
「そのことは結果オーライだったんだけど、問題はその次さ。本社は私のことを廃棄物処理法に精通していると思っての要請なんだけどさぁ・・・・」阿部工場長が続きを言いにくそうに濁した。
「なんですか」
「実は、さっきも話したとおり、近日中にも伊達工場に県庁から立入検査があるらしいんだよ。はっきりしたことは判らないんだけど、そういうことも想定して準備しておきたいってことらしい。そこで、私が伊達工場に出張して、排出事業者としてやるべき事がちゃんとなされているかをチェックして欲しいって要請なんだよ」
「がんばってください」
「そんな冷たいこと言わないでよ。私と山崎さんの仲でしょ。ねっ、お願い。また、同行して」
「えぇー、またですかぁ。でも、今度は違う工場とは言え、御社の工場でしょ。さすがに私が縞馬屋さんの社員ですって訳にはいかないでしょ」
「そこんとこは、私の方から本社と伊達工場の工場長には説明しとくからさぁ。お願いだよ」
「しょうがないですねぇ。で、いつなんですか」
「これも言いにくいんだけど、事情が事情でしょ。明日からなんだよ」
「そりゃまた急ですね。ちょっと会社に戻ってスケジュール調整してみますよ」
結局山崎は「乗りかかった船だ。しゃぁない。行ってあげるか」と心の中では同行を決意した。
翌日、縞馬屋直江工場長の阿部とセントラルクリーンの山崎専務は早朝に出発し、操業時刻には、隣県の縞馬屋伊達工場の片倉工場長と打合せを行っていた。
「阿部さん、忙しいところ悪いね」片倉が阿部に礼を言った。片倉と阿部は同じ工場長というポジションではあるが、伊達工場は直江工場の倍近くの規模があり、片倉の方が阿部よりも5年ほど先輩にあたる。
「いえいえ、片倉先輩には新入社員の時から大変お世話になりましたから、いくぶんかでもお返しできればうれしい限りです。むしろ、先輩の縄張りに土足で入るようなことになったのではないかと恐縮しています」
「支店同士、工場同士、相互監察を行うっていうのは会社の方針なんだから、そんなことは気にする必要は無いよ。対外的に違反行為が知られる前に、事前防止が出来たことでむしろ感謝しているんだ。だから、今回も悪いところがあったら遠慮なく報告して下さいよ。ところで、こちらが例の山崎さん?」
「お初にお目に掛かります。セントラルクリーンの山崎です」
「よろしくお願いいたしますよ。警察や行政はもちろんながら、住民や同業他社から指摘されるようなことの無いよう、遠慮なく監察、指摘していって下さい」
阿部と山崎は、さっそく調査に取りかかった。
「じゃ、まずは概要を把握したいので、廃棄物処理関係の書類を全部見せて下さい」山崎が言うと、同じ事を阿部が縞馬屋伊達工場総務課事務員の丹羽花江に指示する。
しかし、丹羽は「廃棄物処理関係の書類って何になりますか?」と聞き返した。
山崎は「こりゃ、長くなりそうだ」と思いながら、「まずは、廃棄物の委託契約書、マニフェストの綴り、そういった帳簿類ですね」と伝えた。
10分ほど経ち、阿部と山崎の前の机の上には何冊かの書類の束が積み重ねられた。
「伊達工場さんは産業廃棄物の処理はどこに委託しているんですか」山崎が丹羽に聞く。
「数ヶ月前まではエコアザクリーンがほとんどでしたけど、エコアザと契約解除した後はアスマグマって産廃会社です。そことの契約書は、たしか・・・・この帳簿に閉じたはず・・・あっ、これですね。」
「なるほど。でも、他の業者との契約書もありますね。こちらは?」
「こちらは私の前任者の時に締結したのでよくわかりませんが、モルガムって産廃業者ですね」
「モルガムは高度な焼却炉も持っている業者のはずですね。」山崎は契約書の中味を読みながら「なるほど。モルガムには廃油を委託しているようですね」
「そうそう、あまり多くはないんですけど、うちの工場からは時折不純物が混じってしまった燃料油や使い古しの天ぷら油なんかが出るので、それはモルガムさんに持って行って貰っています」
「それは特別管理産業廃棄物に該当しているからでしょうね。この契約書にもモルガムの特管産廃許可証の写しがついていますから」
「それはいけないことだったんでしょうか?」おそるおそる丹羽が山崎に確認した。
「いえいえ、合法ですよ。逆に特管産廃なのに普通の産業廃棄物の許可しか持っていないエコアザクリーンに委託していたりしたら、それこそ無許可業者委託という一番重い違反になるところです」
「ほっ、よかったわぁ。実は私は経理が専門で、今の総務課に異動したときは前任者が辞めたポストだったんで、ほとんど引き継ぎも無いままに今の業務やっているんですよ。廃棄物処理法なんて法律があることすら、数ヶ月前のエコアザクリーンの契約解除の時に初めて自覚した位なんです」
「・・・悪い人じゃないようだけど、詳しいこと聞いてもこの人じゃ判らないだろうなぁ。こりゃ、数日泊まり込みかなぁ」山崎は阿部とともに伊達工場近くのビジネスホテルの予約を丹羽にお願いした。
<つづく>
今回の確認
関連バックナンバー
※「これで解決!はいきぶつ」に掲載している記事は、各執筆者が作成した原稿を基に作成・編集しております。
記事に含まれる法令解釈等につきましては、各執筆者の⾒解であり、当社がその内容を保証するものではありませんので、解釈等の疑義が⽣じた場合は、各⾃治体にご確認ください。
なお、記事内容は掲載⽇時点の情報であり、その後の法令改正等により内容が変更されている可能性がございますので、予めご了承ください。