BUN 環境課題研修事務所
長岡文明 氏
※この⼩説記事はフィクションであり、実在の⼈物、団体、事件等とは⼀切関係ありません。
主な登場人物
山崎と阿部は阿部の会社である食品メーカー株式会社縞馬屋伊達工場に来ている。
縞馬屋で数年前から行っている工場間での相互監察の関連から阿部が工場長をしている隣県の伊達工場における廃棄物処理についてチェックしている最中であった。(詳細は前号)
山崎が丹羽に尋ねた。
「法定備え付け帳簿はありますか?」
「うちの工場ではお見せしている契約書のファイルと委託業者から返送されてくる<マニフェスト>って言うんですか、紙の伝票を綴っているだけです。その他の帳簿は特にないですけど」
「伊達工場さんは特別管理産業廃棄物である廃油も排出していますよね。そうなると備え付けなければならない帳簿が法律で決まっているんですよ。ただ、10年ほど前の通知で、たしか全量委託処理ならマニフェストを綴っておいて、それを帳簿代わりとすることは容認されていたと思います」
「じゃ、合格ですね。マニフェストは綴っていますから」
「でも、この綴りは返送されてきたマニフェストを単に一つのファイルに綴っているだけでしょ。これでは法定帳簿としては認められないと思いますよ」
「どうして?」
「たしか、法定帳簿とするためには毎月の集計や年度毎に綴じることなどが規定されていたんじゃ無かったかなぁ。廃棄物処理法法令集ってありますか」
丹羽が事務所に戻り数分後に恥ずかしそうに法令集を差し出した。
「探したらあったんですけど、私は一度も開いたことがなかったです。前任者が数年前に買ったものだと思いますが・・・・」
「廃棄物処理法は令和になってからは大改正は無いので、これで十分だと思います。ちょっと拝見」山崎はほこりを被っていた法令集をめくった。支庁環境課の長尾係長のようにスムーズでは無かったがなんとか該当条文に辿り着けた。
「これこれ、やっと見つけました。法律第12条の2第14項を受けた省令第8条の18。この規定は準用が多くてわかりにくいんだけど、結論としては特管産廃排出事業者は帳簿を備え付けなければならないって規定なんですよ。ここで省令の第2条の5について準用するって書いてるでしょ。そして、2条の5を見ると・・・・」
「たしかに、『毎月末まで記載を終了し』『1年ごとに閉鎖し』『5年間保存』って書いてあります」法令集の条文を見せられた丹羽は納得したようであった。
「・・・長尾係長がいつも法令集を引っ張り出してくる理由がわかったよ・・・」
法律と印刷物の力は大きいことを山崎は実感していた。
「特管産廃関連だけど、資格者は誰になっているかなぁ」
山崎が丹羽に聞いた。
「資格者?なんの資格者ですか?」
「特別管理産業廃棄物管理責任者って資格ですよ。選任しておかなければならないんだけど」
「えぇっ、困ったわ。そんな資格を持った社員なんて居ないと思いますよ」
「いや、たぶん、いらっしゃると思いますよ。廃棄物処理法の資格って何種類かあるんだけど、実務経験だけで取得できるですよ。特管産廃管理責任者は、実務経験が10年以上あれば誰でもなれちゃうんですよ。理系の学校出てるともっと短くてもなれるし」
「そうなんだ。じゃ、片倉工場長なら確実、大丈夫じゃないかなぁ」
「いや、たしかに工場長なら資格はあるかもしれないけど、その廃油のことについて実際にわかっている人の方が良いなぁ。行政が立入検査に来たときに対応できないんじゃ話にならないから」
二人のやりとりを聞いていた阿部が割って入った。
「佐竹製造部長はどうかなぁ。彼は工専を出て入社して、品質管理課長から製造部長に昇格したはず。ずっと現場だったからもう25年は職歴はあるなぁ。それに若い頃私と一緒に危険物取扱者や公害防止管理者の資格を取ったはずだよ」
「それなら、本当に知識もあるし実務経験も十分ある。佐竹製造部長が特管産廃管理責任者ということで、社内で選任手続きを取ってて下さいね」
「でも、その選任って役所に届けなくてもいいんですか。今更届けると、今まではどうしていたんですか?って聞かれないかしら」丹羽が心配そうに聞いた。
「廃棄物処理法上は選任は必要だけど、届出は規定されていないはずですよ。だから、佐竹さんがここの課長に就任したときから、この工場の特管産廃管理責任者は佐竹さんだった、ということにしておけば。もっとも、自治体で選任届出を条例にしているところもあるから、そこは調べていてね」
山崎は、特管産廃関係では、契約書、マニフェスト、帳簿、責任者について概ね指摘を終えて次に移った。
「特管産廃についてはモルガム社、普通産廃についてはエコアザ社からアスマグマ社へ変更して処理委託。一般廃棄物については、どうしていますか?」
「今日の監察は産業廃棄物についてなんでしょ?工場からの廃棄物についてですよね。工場から一般廃棄物なんて排出するんですか?」丹羽が不審そうに聞いた。
「産業廃棄物には排出する業種が限定される種類があるんですよ。たとえば、そうだなぁ。縞馬屋さんは食品製造業でしょうから、木くずや紙くずが出た場合は一般廃棄物、通称『事業系一般廃棄物』となるんです」
「そうなんですか。たしかに、包装紙や事務用紙なんかは別の業者に頼んでいたような気がします。ちょっと待って下さい。・・・・これこれ、受取伝票と領収書しかありませんけど、地元の南北清掃社ってとこにお願いしてます。でも、こまったわ。こちらは委託契約書やマニフェストなんて一枚も無いし」
「それはOKです。一般廃棄物は産業廃棄物と違って、委託契約書やマニフェストって法律では義務化していないんです。でも、確認ですがその南北清掃社は地元市町村の一般廃棄物処理業の許可は取ってますよね」
「私の実家も地元なんですが、私の子供の頃から知ってる業者なので大丈夫だと思いますが、なお、確認しておきます」
こうして、阿部と山崎の「他工場の監察・指導」の一日目は書類検査だけで終わってしまった。
「山崎さん、お疲れ様。どうせ同じビジネスホテル泊まりなんだから、一杯どう?今日は私が驕らせて貰うよ」
「お客さんから接待いただくなんてこの仕事して初めてですよ。でも、後腐れ無いように割り勘で行きましょ」
阿部と山崎は伊達の居酒屋に消えていった。
<つづく>
今回の確認
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