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総合判断説その4

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BUN 環境課題研修事務所
長岡文明 氏

このシリーズは、廃棄物処理法の条文に明示していないような事柄について、定説と伴にBUNさんの主張(自説や妄説)を聞いていただくという企画です。
 一応、「定説」とされているレベルの箇所には<定説>と明示し、BUNさんの独りよがりと思われるようなところには<自説>、さらに根拠が薄いなぁというようなところには<妄説>と明示して話を進めていきます。
 読者の皆さんも、<定説>部分は信じてもかまいませんが、<妄説>の箇所は盲信することなく、眉に唾を付けて読んで下さいね。
 さて、「物は有価物か廃棄物か」の定説となっているのは、総合判断説ですが、それをあえて点数評価してみようという妄説にお付き合いいただいています。
 前回で、一応総合判断説の5つの要素については、取り上げたのですが、今回は再度「占有者の意志」について取り上げてみたいと思います。

<定説>
行政処分指針から抜粋
オ 占有者の意思
 客観的要素から社会通念上合理的に認定し得る占有者の意思として、適切に利用し若しくは他人に有償譲渡する意思が認められること、又は放置若しくは処分の意思が認められないこと。したがって、単に占有者において自ら利用し、又は他人に有償で譲渡することができるものであると認識しているか否かは廃棄物に該当するか否かを判断する際の決定的な要素となるものではなく、上記アからエまでの各種判断要素の基準に照らし、適切な利用を行おうとする意思があるとは判断されない場合、又は主として廃棄物の脱法的な処理を目的としたものと判断される場合には、占有者の主張する意思の内容によらず、廃棄物に該当するものと判断されること。

「行政処分指針から抜粋」とはしていますが、「オ 占有者の意思」の箇所については、省略していません。原文そのままです。

<自説>
 さて、ここで前後の文章はあるものの「判断する際の決定的な要素となるものではなく」、「占有者の主張する意思の内容によらず」と書いています。
 すなわち、「オレにとって、この物はお宝よぉ」なんて言葉は聞く耳持たん、と一刀両断で切り捨てているとも言えます。
 たしかに、不法投棄や不適正な大量保管している人物のところに立入検査に行き、「これは不法投棄だろう」と言ったところ、「なにをおっしゃる。ここに積んである物はオレにとってはお宝よぉ。有価物だよ。だから、不法投棄にはならないだろ。」と言われて、「はい、そうですか」、と引き下がっていたのでは、世の中の不法投棄は無くなりません。
 その意味では、「占有者の主張する意思の内容によらず」廃棄物に該当するものと判断することは妥当だと思われます。当然、それは一方的に判断するのではなく「上記アからエまでの各種判断要素の基準に照らし」とありますから、今まで紹介してきた「物の性状」「排出の状況」「通常の取扱い形態」「取引価値の有無」を勘案してのこととなります。ん?待てよ?その他の各種判断要素も勘案した上で、「占有者の主張する意思の内容によらず」とまで言うのなら、なにも総合判断説の5つの要素としておく必要は無いのではないか、となりませんか。
 まぁ、こういったこともあり、「BUNさん点数表」では、この「占有者の意志」は5点しか配点していません。
 でも、どうしてこんな「どうでもいいような」要素が、5つの要素の1つとして入っているのでしょうか?

<定説>
 総合判断説が定説となったのは、平成11年に下された最高裁判決があるからとされています。ちなみに、法曹界の人達は「最高裁判決は法律と同等」と考えるんだそうですね。この平成11年3月に最高裁で下された判決を「おから裁判」と呼んでいます。
 豆腐屋さんから出てくる「おから」が有価物か廃棄物かを争った裁判と言うことで、この業界では有名な裁判です。
 この「おから裁判」で「物が有価物か廃棄物かは「物の性状」「排出の状況」「通常の取扱い形態」「取引価値の有無」「占有者の意志」といった5つの要因を総合的に判断して決まるものだ」としているんですね。

<自説>
 この「おから裁判」判決を読んでみると、「占有者の意志」は行政処分指針とは正反対のケースについて述べているようですね。すなわち、「オレにとって、お宝よぉ」ではなく、「これは私が出した廃棄物だ。適正に処理しなければならないものなのだ。」という認識がある事案においては、物の廃棄物性は大きくなる、というようなことです。
 数年前、愛知県を舞台に某カレー屋さんが製造したカツ(カツカレーの材料になるハムカツであったとのことですが)がダイコーという業者により横流しされ、みのりフーズ他いくつかの食品卸会社を経由して、スーパーマーケットの店頭に並び、消費者に販売されていたという事件がありました。
 某カレー屋さんがなぜ廃棄したかと言えば、製造過程でプラスチック類が混入したかも知れない、プラスチック類が混入したカツをお客様に食べさせるわけにはいかない、ということで一括廃棄した、ということのようでした。
 では、このカツは廃棄物なのか、有価物なのか?結果としてはスーパーマーケットの店頭に並び、お客様がお金を出して購入してくれた「物」だとしても、少なくとも某カレー屋さんがダイコーに委託した時点においては、「これは私が出した廃棄物だ。適正に処理しなければならないものなのだ。」という認識があり、なおかつ、処理料金も支払っていた訳です。ですから、私は某カレー屋さんが処理を委託した「着手時点」では、物の廃棄物性は非常に大きかった、と判断しています。
 ちなみに、なぜ「着手時点」という文言を使用したかですが、実は行政処分の指針の中にこの文言が使われているんです。

<定説>
行政処分指針から抜粋
廃棄物該当性の判断については、法の規制の対象となる行為ごとにその着手時点における客観的状況から判断されたいこと。例えば、産業廃棄物処理業の許可や産業廃棄物処理施設の設置許可の要否においては、当該処理(収集運搬、中間処理、最終処分ごと)に係る行為に着手した時点で廃棄物該当性を判断するものであること。

<自説>
 某カレー屋さん事案においても、カツを製造した時点、プラスチック類が混入した(かもしれないとわかった)時点、廃棄しようと決断した時点、処理料金を支払って渡した時点、横流しされた時点、卸業者からスーパーマーケットが購入した時点、スーパーマーケットの店頭に並びお客様が購入する時点、不正が発覚して未処理の食品が大量に腐敗していた時点、、、こういう時点、時点で微妙に要因が違うでしょ、その時点毎に総合判断説で判断してね、ということなんでしょうね。

話は戻りますが、「おから裁判」と「行政処分指針」では、特に「占有者の意志」の解説が異なっているようにも感じられますが、「行政処分指針」はあくまでも「悪徳業者対応」です。悪徳業者は「これは廃棄物です」なんて正直には言わないんですね。「これはお宝だ」と主張する。だから、「行政処分の指針」では、そんな言葉を鵜呑みにしちゃダメだよ。他の4つの要因もしっかり見ておいてよ、とだめ押しをしているものと思っています。
<妄説>
 と言うように、「占有者の意志」という要因は、「オレにとって、お宝よぉ」というケースと「これは私が出した廃棄物だ。」というケースでは、その重みが大きく異なってしまいます。なので、「BUN式点数加算法」では、「オレにとって、お宝よぉ」というケースでは5点、「これは私が出した廃棄物だ。」というケースでは50点、としたいと思います。
 「これは私が出した廃棄物だ。」というケースではトータルが100点を超えてしまって、極めて矛盾のあるところではありますが、まぁ、「これは私が出した廃棄物だ。」というケースで問題になることは滅多にありませんのでご容赦の程。

「総合判断説」その4のまとめ
<定説>
 総合判断説の5つの要因の一つとして「占有者の意志」が挙げられている。
 総合判断説が定説となったのは「おから裁判」が最高裁判決であるから。
<自説>
 「占有者の意志」は、行政処分指針では、一見、重きをおいていない要因であるが、「これは私が出した廃棄物だ。」というケースでは、非常に重い要因となる。
<妄説>
 「BUN式点数加算法」では、「オレにとって、お宝よぉ」というケースでは5点、「これは私が出した廃棄物だ。」というケースでは50点、すなわち、排出者が「廃棄物である」と認識しているときは、物の廃棄物性は非常に大きくなる。

(2019年11月)

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