2025年5月14日、労働安全衛生法が改正され、化学物質対策が強化されました。
2022年から、本法における化学物質対策は、危険性・有害性が確認されたすべての化学物質を対象に、「自律的な管理」と銘打って大きく変更されてきました。それは政令や省令など、細かなルールの改正の積み重ねによるものでした。
しかし、ここにきて、ようやく法律そのものが改正されることになったのです。
本改正は、正式には「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律」です。
次の図表の通り、改正点は多岐に渡り、化学物質対策以外の対策も強化等されています。
改正労働安全衛生法の概要
■改正法の正式名称: 労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律 ■公布年月日等: 令和7年5月14日法律第33号 ■施行日: 令和8年4月1日(原則)等 |
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No | 項目 | 改正点 | 施行日 (R8.4.1以外) |
1 | 個人事業者の安全衛生 |
労働者だけでなく、個人事業者等の労働災害防止対策を盛り込む。
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①:R7.5.14 ②:R9.1.1 (一部) ①②:R9.4.1 (一部) |
2 | 職場のメンタルヘルス | ・ストレスチェックについて、労働者数 50人未満の事業場についても実施を義務とする。 | 公布後3年以内 |
3 | 化学物質 |
労働安全衛生法及び作業環境測定法を改正し、次の措置を実施する。
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①公布後5年以内 ③:R8.10.1 |
4 | 機械等による労働災害防止 |
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②:R8.1.1 |
5 | 高齢者の労働災害防止 | ・高年齢労働者の労働災害防止に必要な措置の実施を事業者の努力義務とし、国が指針を公表する。 | ー |
改正法のうち、本稿では、化学物質対策の改正を取り上げます。
これまでの本法の化学物質対策は、特定の化学物質について個別具体的な規制を行うものでした。本法の下位法令である特定化学物質障害予防規則(特化則)や有機溶剤中毒予防規則(有機則)などによる規制が典型的なものです。
しかし、こうした個々の物質ごとの規制では、多種多様な化学物質が次々に出回る現代では限界があります。また、国際的な潮流もあり、これを改めることにしました。「化学物質の自律的管理」対策の登場です。
2022年以降、本法の政省令が何度も改正されて、現在に至っています。
「化学物質の自律的な管理」対策の基本は、「①ラベル表示、②SDS交付、③リスクアセスメントの実施」です。
危険性・有害性が確認されたすべての化学物質について、化学物質を提供する側に対して容器等へのラベル表示を行うとともに、SDS(安全データシート)の交付などの通知を義務付けています。さらに、化学物質を使用する事業者は、SDSの情報に基づいて必要な措置を実施することになります。
対象物質は順次、大幅に拡大されており、2026年4月には約2900物質となることが予定されています。
これら化学物質を取り扱う場合、ラベル表示、SDS交付、リスクアセスメントを行うとともに、化学物質管理者を選任し、自律的な管理に向けた措置を講じなければなりません。
ただし、「自律的な管理」と言っても、本法では具体的な措置も求めているので細心の注意が必要です。
すなわち、労働者のばく露が最低限となるように措置、濃度基準設定物質については基準値以下の措置、皮膚等障害物質の直接接触の防止、衛生委員会での調査審議、がん等の把握強化、リスクアセスの記録、健康診断、保護具着用管理責任者の選任、雇い入れ時教育、5年ごとのSDS変更確認、SDS通知事項の追加、別容器等での保管時の表示などです。
こうした、大きく改正された化学物質対策を前提に、今回法律が改正されました。
今回の法律改正による化学物質対策の最大の改正点は、SDSに関する罰則の創設です。
SDSを交付するという通知義務に違反した場合、6カ月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処するという罰則規定が設けられました。
これは、未だにSDSの交付等の通知義務に対応していない事業者が散見されていることを踏まえ、実効性を確保したと言えるでしょう。
また、これまでは、SDSによる通知事項に変更が生じた場合、相手方に速やかに通知することが努力義務でしたが、改正により、これが義務化されました。
SDSを交付しなければならない事業者は、記載事項の管理を徹底させ、変更通知を確実に行う手順を整備させる必要があります。
以上の改正については、施行日が公布日から5年以内で政令で定める日とされ、実際の罰則発動等までには時間があります。しかし、着実な通知を行うためには周到な準備が必要です。今からその対応を実施すべきでしょう。
このほか、化学物質の成分名が営業秘密である場合に、一定の有害性の低い物質に限り、代替化学名等の通知が認められます。また、作業環境測定法も改正され、個人ばく露測定について、作業環境測定の一つとして位置付け、作業環境測定士等による適切な実施の担保を図る措置が講じられました。
前述した通り、こうした「化学物質の自律的管理」の対象物質数は、2026年4月には約2900物質となります。
化管法のSDS対象物質数が649物質であることからわかるように、本法が規制するターゲットは極めて広範囲に渡ります。かつ、(「自律的管理」と提唱されつつ)その規制措置も詳細なものであることに鑑みれば、環境安全分野における化学物質対策への対応としては、今、最も留意すべき規制です。
企業には、工場等の現場任せで対応をするのではなく、全社で組織的にしっかりと対応することが求められます。
◎「第217回国会(令和7年常会)提出法律案」(厚生労働省)
⇒ https://www.mhlw.go.jp/stf/topics/bukyoku/soumu/houritu/217.html
◎「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律について」(厚生労働省)
⇒ https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T250516K0010.pdf
(2025年07月)