ある工場を訪問すると、大小様々なタンクが設置されていました。
工場が保有する化学物質のリストを見てみると、水質汚濁防止法の規制対象物質も含まれていました。この工場は、水質汚濁防止法の規制対象にはなっていないと聞いていましたので質問してみました。
「このタンクにはトルエンの表示もありますが、水質汚濁防止法の対象になっている化学物質が含まれているタンクがそれなりにあるのではないですか?」
「確かにこれはトルエンのタンクですが、この工場には特定施設はないので、水質汚濁防止法の適用は受けませんよ。」
「うーん、でも、トルエンの貯蔵タンクから流出事故が起きれば、水質汚濁防止法に基づき通報する義務がありますので、同法の規制も管理対象にすべきだと思いますが。」
その後、工場内をまわると、油の貯蔵タンクもいくつかあり、さらには金属加工で発生した鉄粉の貯蔵庫が見つかりました。
特に、鉄粉の貯蔵庫は敷地境界線の屋外にあり、その横は用水路になっています。しかも、鉄粉が山積みになっており、いまにも用水路に一部が滑り落ちそうな状態です。
「油も水質汚濁防止法の規制対象ですし、鉄粉も本法の指定物質なので規制対象です。流出時には同法の事故時の適用を受けますし、そもそも同法の適用を受けないように、流出防止の措置を講じるべきではないでしょうか。」
その後、工場の担当者も交えて議論を重ね、鉄粉の回収頻度を上げる手順に切り替えるとともに、工場に適用される環境規制として、水質汚濁防止法の事故時の措置も組み込むことになりました。
水質汚濁防止法の規制には、主に、①排水規制、②地下水汚染対策、③事故時の措置があります。
このうち、中心的な規制は、①の排水規制です。
その対象は、公共用水域に排水する特定事業場です。特定事業場とは、特定施設を設置する事業場であり、規制対象となると、特定施設の設置や変更をする場合の届出とともに、排水基準の遵守などが義務付けられています。
今回取り上げている規制は、この①ではなく、③の事故時の措置です。
事故時の措置について本法では、特定事業場だけでなく、「指定事業場」や「貯油事業場等」についても、届出義務を課しています。
対象要件等については、厳密には本法第14条の3第2項及び第3項を参照願います。わかりやすく言えば、事故で有害物質や指定物質、油を公共用水域に流出させたり、地下浸透が生じたりした場合、応急措置を行うとともに、都道府県等に対して届け出ることが義務付けられています。
これら対象物質は、次の図表の通りです。少々長い引用となりますが、自社にて該当する物質を扱っていないかどうか確認してみてください。
水質汚濁防止法「事故時の措置」の対象となる有害物質、指定物質、油
種類 | 対象物質 | 根拠条文 |
---|---|---|
有害物質 |
|
水質汚濁防止法施行令第2条 |
指定物質 |
|
水質汚濁防止法施行令第3条の3 |
油 |
|
水質汚濁防止法施行令第3条の4 |
このように、28の有害物質、60の指定物質、7の油が対象となっています。
冒頭の事例のように、鉄粉も指定物質の「52 鉄及びその化合物」に該当すると考えられます。一見したところ、公共用水域等の汚染につながらないようなものと捉えられがちなものもリストアップされていることに注意する必要があるでしょう。
何らかの形でこれら物質を貯蔵したり取り扱っていたりする事業所は数多くあることでしょう。
その場合、これらの流出・地下浸透リスクに課題はないのかどうかをしっかり確認するとともに、万が一流出・地下浸透した場合の緊急事態手順を整備することが求められているのです。
水質汚濁防止法への対応を考える際に、第一に「特定施設があるかどうか」を検討することは、本法の規制体系から言っても適切です。
しかし、その検討のみにとどまっていては、本法全体への対応には抜け漏れが出るのです。
「有害物質」「指定物質」「油」を自社内で貯蔵・取扱いの有無も検討し、その流出リスクを防ぎ、事故時の対策を講じることも本法が求めているということも認識すべきでしょう。
安達宏之『企業事例に学ぶ 環境法マネジメントの方法 ―25のヒント―』
※本書は、本連載の記事を改訂・追加し、再構成したものです。
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(2024年09月)