毒劇法(毒物及び劇物取締法)の遵守状況を立入検査している行政担当者から聞いた話です。
ある工場を訪問し、毒物や劇物の管理状況を確認していました。毒劇物を保管する倉庫を見たところ、ドアには鍵がかかっていました。また、数量管理を行う台帳もありました。
毒劇物を取り扱う企業の中には、毒劇物の管理がずさんな企業も少なくないので、すこし安心して問いかけました。「きちんと施錠されていますね。ところで、鍵はどこにあるのですか?」
すると、工場の従業員は特に疑問を感じることなく次のように回答したそうです。
「ドアの左上にぶら下がっている鍵が倉庫のものです。」
行政担当者の方は、私にこのエピソードを話した後に、「自宅の玄関の外に、家の鍵をぶら下げるご家庭なんてありませんよね。もうびっくりしました」とも仰っていました。
実は、こうした管理に課題がある企業は少なくありません。
私が工場や事業所を訪問する際、できる限り現場を歩くように心がけているのも、このような問題を数多く見てきたからに他なりません。
倉庫のドアにも毒劇物を保管する棚にも鍵が無い。鍵はあるものの鍵をかけていない。冷蔵庫の中に飲食物とともに毒劇物を保管する。飲料の容器の中に毒劇物を入れている。屋外の道路から見えるところに無造作に毒劇物のドラム缶が積んである......。
いま思い出しただけでも枚挙に暇がありません。
こうした状況を放置してよいわけがありません。例えば、次の表を見てみてください。
毒物・劇物の流出・漏洩事件(事例)
| 発生日/場所/種類 | 毒物・劇物の名称 | 事件の概要 | 事件の原因 |
|---|---|---|---|
| 5/10 広島県 毒物・劇物 |
メソミル水和物(濃度不明) | 運送車両が積荷していたポリタンクが走行中に落下し、ポリタンクと対向車が衝突したことで、ポリタンク中のメソミル水和物 400Lが道路及び河川周辺の土に流出した | 運送車両の荷台にあるサイドパネルのロックのかけ忘れのため。 |
| 6/25 岡山県 劇物 |
メタノール(99.8%以上) | メタノール貯蔵タンク付属配管において、配管と架台の接触部に雨水が滞留したことで外面腐食による配管の減肉が生じた。さらに、当該配管に施されていた補修テープを誤って剥がしたことにより、配管の腐食減肉が進行し、メタノールが641L漏洩した。 | 設備の維持管理の不足 |
| 7/24 福岡県 劇物 |
塩酸(35%) | 工場の塩酸タンクの腐食した隙間から約2立方メートルの塩酸(35%)が漏洩し、すぐに防液堤内で中和処置を行った。防液堤の底面に亀裂があったため一部が工場内の側溝へ流出したが、大量の工場排水により十分希釈されたため、外部への影響はないと判断した。 | 塩酸タンクマンホール部分のゴムが剥離し塩酸によって鋼板が溶解し隙間ができたため。さらに防液堤の外観チェックをしていたが亀裂に気付かなかったため。 |
| 9/4 愛媛県 施行令第38条第1項第2号に該当する劇物を含有する物 |
硫酸(0.24%) | 70%硫酸を送液するポンプを交換する際、ライン上に残留していた70%硫酸(5ℓ)を排水桝に廃棄し、大量の水で希釈はしていたものの、pH1~1.5の0.24%硫酸が排水管から施設外の公共用水域に10ℓ流れ出た。職員は本来、手順に基づかない方法で廃棄していた。 | 手順に基づかない方法で廃棄したため。 |
| 3/7 千葉県 劇物 |
アンモニア | 設備の試運転時、アンモニア臭に気づき、点検したところ、冷媒に使用している液化アンモニアが約2L漏洩していた。 | ボンネットフランジのボルトナットの締め付け不良のため。 |
「令和5年度毒物又は劇物の流出・漏洩事故情報」(厚生労働省)(https://www.nihs.go.jp/mhlw/chemical/doku/ryuu/r5.pdf)を加工して作成
厚生労働省のウェブサイトには、毎年発生している毒物・劇物の盗難・紛失・流出・漏えい事件が掲載されています(厚生労働省「毒物劇物対策」)。
上記の事件はそのうちのごく一部を取り上げたものであり、毎年、数多くの盗難・紛失・流出・漏えい事件が発生しているのです。
毒劇法は、毒物と劇物について、保健衛生上の見地から必要な取締りを行うことを目的とした法律です。
直接的には「環境保全上の見地」から規制する法律ではないものの、毒劇物が外部へ流出すれば環境汚染になるので、多くの企業ではこれを環境法として捉え、管理対象としています。
規制内容は、毒劇物との関わり方に応じて異なってきます。毒劇物の製造業や輸入業、販売業については「毒物劇物営業者」として、登録、譲渡手続き、交付制限の義務があり、毒物劇物取扱責任者を設置しなければなりません。また、毒劇物の取扱い、表示、廃棄方法の遵守、運搬・貯蔵に関する技術上の基準の遵守義務もあります。
ちなみに、毒劇物の取扱い、表示の義務とは、①盗難・紛失・飛散等の防止措置、②容器・被包に「医薬用外毒物」「医薬用外劇物」表示(毒物は赤地に白色の「毒物」、劇物は白地に赤色の「劇物」の文字)、③貯蔵、陳列場所に、「医薬用外毒物」「医薬用外劇物」表示などがあります。
冒頭の事例で紹介した「施錠」とは、この中の盗難防止措置の具体的な方法として国の通知で示されている措置です。
一方、毒劇物の製造や輸入、販売を行わず、毒劇物を利用する立場の者については、業務上取扱者としての義務があります。このうち、無機シアン化合物(毒物)や含有製剤を扱うめっき業者などについては、毒劇物の取扱い・表示等や毒物劇物取扱責任者の設置とともに、届出も義務付けられています。
以上の、毒物劇物営業者や届出を要する業務上取扱者には該当しないけれども、毒劇物を取扱う事業者もいます。
こうした届出不要の業務上取扱者のほうが多数にのぼることでしょう。
届出不要の業務上取扱者は、登録や届出は不要ですが、取扱い・表示等の義務はあります。
実は、冒頭の事例も、上記の図表に掲載したいずれの事件も、いずれも届出不要の業務上取扱者が起こした事件です。
届出不要の業務上取扱者である企業では、登録や届出が不要であるので行政との接点を持たず、また毒物劇物取扱責任者もいないので社内に法律知識に詳しい人がいないこともあるためか、毒劇法に違反していることが少なくないように筆者は感じています。
しかし、毒劇物の漏えいや外部流出は、犯罪への悪用、健康被害、そして環境汚染につながるものです。社内の力量向上に向けた継続的な教育訓練とともに、日常的な管理徹底について「しくみ」を構築し、運用していくべきでしょう。
安達宏之『企業事例に学ぶ 環境法マネジメントの方法 ―25のヒント―』
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(2025年11月)


