BUN 環境課題研修事務所
長岡文明 氏
※この⼩説記事はフィクションであり、実在の⼈物、団体、事件等とは⼀切関係ありません。
主な登場人物
阿部は食品メーカー株式会社縞馬屋直江工場の工場長である。阿部は不安であった。数週間前に本社品質管理コンプライアンス部の内部監査が行われ、数日前に結果通知が届いたのである。
結果通知の「廃棄物処理法」の事項として「産業廃棄物委託契約書には記載の無い『廃油』を数ヶ月前に委託したことがマニフェストに記載されている。事実関係を確認しておくように」というものであった。
阿部は今は工場長の立場であり全体の責任者ではあるが、ずっと製造現場を担当してきており廃棄物処理法についてはほとんど知識が無かった。工場で産業廃棄物の委託業務を担当している総務課の板垣にこのことを確認してみたが、板垣も経理が専門であり「昔から取引しているセントラルクリーンに任せていました」と答えるのみであった。
これでは埒が明かないと阿部が直接山崎に電話したのが数日前のことであった。
「山崎さん。滅多に無いことだけど、数ヶ月前にお宅に『廃油』の処理を委託したときがあったでしょ。日ごろは動植物性残渣しか頼んでいないんだけど、あの日に限って『廃油』が出ちゃってさ。お宅は廃油の許可も取ってあるって事で任せたんだけど、委託契約書には『廃油』が抜けてたようなんですよ。排出事業者の立場として、廃棄物処理法上違反では無かったのか?って確かめてくれないかなぁ。もちろん、うちの会社の名前は出さないでね」
「阿部工場長。こっちもうっかりしていました。その時のマニフェストを確認したらたしかに『廃油』って書いてますね。わかりました。さっそく県支庁の廃棄物対策係に行って何気なく聞いてきますよ」
このような経緯があり先の山崎と長尾・柿崎の会話(第2回)となったようである。
山崎は柿崎から伝えられたとおり「委託契約書は排出事業者の義務。受託者側の処理業者には委託契約書の義務は無い。よって、業者側は委託契約書どおりにやらなくても法令違反にはならない」旨伝えたところ、阿部からは「受託者側のことではなく、委託者側のことを確認することを頼んだんだ」と叱責されたところであった。
翌日山崎は再び上杉県直江支庁環境課廃棄物対策係の柿崎を訪ねていた。
「柿崎さん。今度の研修会なんだけど、やっぱり委託契約書やマニフェストの話を中心に90分ほど教えて欲しいんですよ」
柿崎は廃棄物対策係で長尾係長の下で働く担当2年目の法律を専攻した事務屋である。
「その話は昨日聞いていますよ」
「あれ、そうだっけ。ところで・・・・」
・・・「はっはぁ、山崎さんの『ところで』が始まった。ここからが本題かな」柿崎は心の中で確信した。
「ところで、昨日は契約書に無い品目を受託したときのことを聞いたんだけど、その時の排出事業者の方の違反ってどうなっているのかなぁ。受託側は許可の事業の範囲を逸脱していなければ法令違反では無いってことだから、排出事業者も違反にはならないよね?」
「それは違いますよ。昨日も言いましたけど、委託契約書は排出事業者の責務です。ですから、委託契約書に記載していない事項、内容を委託すると委託基準違反になります。」
「じゃ、契約書には動植物性残渣しか記載していないのに廃油も委託しちゃった、なんて時は違反になるの?」
「委託基準違反、法律第十二条第6項を受けた政令第六条の二第4号イに抵触しますね。」柿崎は手元にある廃棄物処理法法令集を開いて山崎に示した。
「これに違反したときの罰則は?」山崎が恐る恐る聞くと、柿崎はまた法令集をパラパラとめくって「罰則第二十六条第1号なので3年以下の懲役又は300万円以下の罰金、又はこの併科ですね」と事もなげに答えた。
「そんなに重いの?」
「廃棄物処理法は排出事業者責任という理念がありますから、排出事業者には厳しいんですよ。」
「じゃ、悪意が無くやった時、ケアレスミス的にやってしまったって時はどうしたらいいかなぁ」
「一度やった違反は元には戻りませんよ。昨日スピード違反したことを反省して、翌日スピードを落として走行しても昨日の違反は元に戻る訳じゃ無いでしょ」柿崎はいかにも法学部出身者であることを彷彿させるように伝えた。
「そうかぁ。やった違反はなかったことにはならないのかぁ。」
「だからこそ、二度と起こさないように注意することが大切なんですよ。今度の研修会でもこのこと話してみようかなぁ」
山崎は研修会の次第などを手短に伝えるとそそくさと帰っていった。
「阿部工場長。聞いてきました。委託基準違反で最高刑3年の違反だそうです」
会社に帰った山崎はさっそく、縞馬屋の阿部に電話をしている。
「そんなに重い罰則があるのかぁ。で、どうやったら帳消しにできるんだい」
「一度やっちまった違反はなかったことにはできませんよ。スピード違反だってやってしまったら、いくら走り直しても無かったことにはならないでしょ」さっき聞いてきたことを、さも自分の見識のように伝えた。
「そうかぁ、そうだなぁ。無かったことにはできないなぁ。覆水盆に返らずかぁ。よくわかったよ。ご苦労さまでした。あとはこっちでなんとかするよ」電話を切った阿部は考えていた。
「しょうがないなぁ。本社の品質管理コンプライアンス部に頭を下げて協議するか」
阿部は本社品質管理コンプライアンス部担当の関根に電話することを決断した。
<つづく>
今回の確認
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