BUN 環境課題研修事務所
長岡文明 氏
※この⼩説記事はフィクションであり、実在の⼈物、団体、事件等とは⼀切関係ありません。
主な登場人物
「ほぉ、薪ねぇ」長尾が感心したような声で言った。
目の前には解体木くずが山のように放置されている。
「薪ということは、新近社長はどういうふうに使うのかな」
聞かれた新近興業の新近悟は言葉に詰まったが一拍おいて答えた。
「うちに薪ストーブがあるんだよ。そこで使うのさ。
「この木くずの山、社長の薪ストーブで使うと何年でなくなるかなぁ」
「うっ、まぁ・・・5年位かなぁ」
「5年じゃ、ほんの一部が無くなるくらいじゃないの」
「オレの兄貴んとこにも薪ストーブがあるんだよぉ。」
「まぁ、それでいくらかは消費するとしても、この状態でストーブに入れられるのかなぁ」
「そりゃ、これからチェーンソーで短くするさ」
「トタン板も混じっていたり、釘や蝶番も刺さっているようですね」
長尾の部下で一緒に立入検査を行っている前田技師も参戦してきた。
「そりゃ、そりゃ、そういった物は分別するさぁ」
「ところで、この木くずはどっから持ってきて、誰の物なんだ」
今度は、大関不法投棄監視員が問いただした。さすがに元警察官だけあって迫力もある。
「隣町の友達から小屋の取り壊しを頼まれたんだよ」
「ほぉ、その『お友達』の住所と名前を教えてもらおうか」大関の更なる尋問でついに新近悟も観念したようである。
「だんなぁ、そいつは勘弁してくださいよ。友達まで迷惑掛ける訳にはいかないよ」
不思議なことに、悪いことをする奴らは警察官や行政担当者を「だんな」と呼ぶ。
「『お宝』だと言うならお宝らしく、『薪』だというなら薪らしくしてみろ」大関は語気を強めて言い放った。
「まぁまぁ、監視員」長尾が間に入った。追求役となだめ役、あうんの呼吸である。
「新近社長。総合判断説って知ってるかなぁ。物が廃棄物か有価物かは総合的に判断するっていう学説なんだけどね」
「そんなもん知らねぇよ」
「前田くん、説明してあげて」
「物が有価物か廃棄物かは、「物の性状」「排出の状況」「通常の取扱い形態」「取引価値の有無」「占有者の意志」という5つの要素を総合的に判断して決まるものだ、というもので、たしか平成11年に最高裁判決のある『おから裁判』以降定説とされている理論です」
前田はすらすらと答えた。こういった場でも長尾はOJTを意識し後輩を育てようとしている。
「今回の木くずで言ってみようか」
「「物の性状」として新近さんは「薪」と言ったけど、薪なら薪に要求される「性状」があるよね。ストーブに入るように長さはせいぜい3~50センチ。太さは3~5センチ。燃えやすいように乾燥している。こういったことが薪には求められる。ところが、この木くずは、長さは2メーターもある、太さは10センチもある、湿気っているうえに釘まで刺さっている。こんな物が有価物であるはずはない。これは廃棄物だ」前田は続ける。
「次に「排出の状況」なんだけど、薪としての需要に併せて木くずを排出している訳じゃ無い。単に建物を解体したからこれほどの木くずがいっときで出てきた」
「「通常の取扱い形態」としても、こんな解体直後の木くずが有価物として扱われている事例はまずない」
「「取引価値の有無」として、あなたのお兄さんはただなら引き取ってくれるかもしれないけど、他人がこれを買い取ってくれるとは思えない」
「「占有者の意志」として、新近さんは言葉では『お宝だ』言ってはいるが、ブルーシートすら掛けずに野ざらしの状態。これでは占有者の意志としても『大切なものだ』というようには取られないですよ」
「わかった、わかったよぉ。どうすればいいんだ」新近は観念したようであった。
「薪ストーブに使うというなら薪ストーブで使えるような状態と量にして、それ以外はちやんとした適正処理ルートに乗せることだね。まずはこれからどのように改善するかを記載した改善計画書を一週間以内に提出すること。具体的な相談は事務所で聞くから、こちらの前田と大関のところに来てください」長尾が告げた。
五日後に改善計画書が提出された。その中には、今後解体工事は行わないこと、今ある木くずの山は分別して一部チェーンソーで整えて薪にする。その他については正規の処分業者である角光建設の焼却炉に搬入するということが書かれていた。
「係長、こんなところでいかがでしょうか?」前田が長尾に聞いた。
「本当は、発注者や元請、下請関係なんかも追求したいところではあるけど、今回はこの程度でよしとしておくか。本人も相当堪えているようだし。大関さん、前田くん。引き続き、この計画書どおりにやっているか定期的に監視していてね」
とりあえずこの件はここまでのようである。
長尾はそう指示し切り上げた。昨日起きた廃油流出事案対応に追われていたのであった。
<つづく>
今回の確認
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