ある工場では、一般消費者用の製品を製造・出荷しています。
化管法の対象物質を取扱い、PRTRの届出をするとともに、原材料の納品してもらっている事業者からSDSの交付も受けています。
その工場にて、化学物質を管理する担当者から次のような質問が出てきました。
「労働安全衛生法の化学物質管理の規制が大きく変更され、当社では、その対応に追われていました。
ようやく、その対応もひと段落したのですが、ふと、化管法に基づく化学物質管理については、自社では何もしていないことに気づきました。取扱量を管理して、PRTRの届出をしているくらいです。
これでいいのでしょうか...?」
この工場では、PRTRの対象物質である第一種指定化学物質を取扱っており、法の定める要件に該当しているために、毎年、PRTRの届出をしています。
また、PRTRの対象ではなく、SDS交付の対象物質である第二種指定化学物質も取り扱っています。
担当者によれば、PRTRの届出とSDSの最新版管理以外は、何もしていないというのです。そこで、私は次のように答えました。
「そうですね。法律上の努力義務には他にもすべきことはあります。法で定める規定がどのようなものであるかを確認した上で、行うべき対策を考えてみましょう。」
化管法とは、正式名称を「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」といいます。かつては略称として「PRTR法」と広く言われていた時期もありますが、本法は、PRTR制度とともにSDS制度も定めているので、現在では「PRTR法」ではなく「化管法」と略されることが一般的です。
化管法の概要は、次の図表の通りです。
化管法の概要
■目的 事業者による化学物質の自主的な管理の改善を促進し、環境の保全上の支障を未然に防止する |
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■事業者の責務 指定化学物質等取扱事業者は、化学物質管理指針に留意して指定化学物質等の取扱い等に係る管理を行うとともに、管理状況に関する国民の理解を深めるよう努めなければならない。
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■PRTRの届出 |
■対象物質: トルエンなど515の化学物質(第一種指定化学物質) ■規制対象 次の要件すべてを満たす事業者
事業所ごとに、前年度の第一種指定化学物質の環境への排出量・移動量を把握し、都道府県経由で国(事業所管大臣)に届け出る。 |
■SDSの交付等 |
■対象物質: 649物質(第一種指定化学物質+第二種指定化学物質) ■規制対象: 対象物質及び含有製品を取扱うすべての事業者で、他の事業者にそれらを譲渡・提供するもの ■規制事項 ①SDSの提供 ②化管法ラベルによる表示(努力義務) |
PRTRの対象事業者に該当する場合、事業所ごとに、前年度における第一種指定化学物質の環境への排出量や移動量を把握した上で、都道府県経由で国に届け出ることが義務付けられています。
排出量や移動量の対象となる原材料や資材等の製品の要件は、対象物質を一定割合以上(1質量%以上など)含有していることです。一般消費者用の製品など対象から外されているものもあります。
SDSの対象事業者に該当する場合、対象物質等を譲渡・提供する他の事業者に対して、対象物質等の性状や取扱いに関する情報をSDSで提供することが義務付けられています。ただし、一般消費者用の製品など、例外的にSDSを提供しなくてもよい製品もあります。
また、対象物質等を入れる容器・包装にはラベル表示を行う努力義務もあります。
冒頭の事例の工場の場合、一般消費者用の製品を製造・出荷しているので、SDSの交付義務はありません。交付義務のある取引先からSDSの交付を受ける立場です。
そうなると、担当者の抱いた疑問の通り、本法の義務規定のみ着目すると、確かにこの工場では、PRTRの届出義務の他は、事実上、何もしなくてよくなってしまいます。
しかし、本法の対象物質は、外部へ飛散や流出、地下浸透等すれば、環境汚染のリスクがあるものです。
SDSを受け取っても何もしないという選択肢をとるべきではありません。
ここで注目すべきは、本法の「事業者の責務」規定です。
通常、個々の環境法に定めている「事業者の責務」規定というものは、一般的かつ抽象的な責務が書かれています。
しかし、本法の場合、図表の通り、「化学物質管理指針」に留意して対象化学物質を管理すべきことが定められています。努力義務規定とはいえ、看過すべきではありません。
化学物質管理指針では、次の構成でまとめられています。
第一 指定化学物質等の製造、使用その他の取扱いに係る設備の改善その他の指定化学物質等の管理の方法に関する事項
一 化学物質の管理の体系化
二 情報の収集、整理等
三 管理対策の実施
第二 指定化学物質等の製造の過程における回収、再利用その他の指定化学物質等の使用の合理化に関する事項
一 化学物質の管理の体系化、情報の収集、整理等
二 化学物質の使用の合理化対策
第三 指定化学物質等の管理の方法及び使用の合理化並びに第一種指定化学物質の排出の状況に関する国民の理解の増進に関する事項
第四 指定化学物質等の性状及び取扱いに関する情報の活用に関する事項
指針の全文は経済産業省のウェブサイトで読むことができますが、例えば、化学物質の管理計画や作業要領を策定することを求め、その周知徹底とともに継続的な教育・訓練も求めています。
また、貯蔵、製造、機械加工、脱脂・洗浄、塗装・印刷・接着、メッキ、染色・漂白、殺菌・消毒、その他溶剤使用、その他燃焼など、主たる工程ごとの対応事項を示し、取扱い工程を見直しや排出抑制対策の実施に努めるよう求めています。
例えば、「製造(反応、混合、熱処理等)工程」では、反応槽、混合槽等の装置からの揮発又は漏えい、排水に含まれての排出、バルブやフランジ等からの漏えい等による指定化学物質の環境への排出を抑制するため、反応装置等の密閉構造化、排ガス処理装置又は排水処理装置の設置その他の必要な措置を講ずることを定めています。
さらに、過去の連載記事で紹介した、災害発生時における化学物質の未然防止に向けた平時からの措置も求める規定もあります。
いずれの規定の内容も、すでに対応している事業所が多いことでしょう。
しかし、筆者の経験上、時に抜けていたり、気づいているものの対策を講じていなかったりしている工場もあると思います。指針を読み返し、社内ルールに落とし込むことにより、改めて自社の対策をチェックしてみるとよいでしょう。
安達宏之『企業事例に学ぶ 環境法マネジメントの方法 ―25のヒント―』
※本書は、本連載の記事を改訂・追加し、再構成したものです。
https://www.daiichihoki.co.jp/store/products/detail/104656.html
(2024年10月)