BUN 環境課題研修事務所
長岡文明 氏
※この⼩説記事はフィクションであり、実在の⼈物、団体、事件等とは⼀切関係ありません。
主な登場人物
「10トンダンプ3台分くらいかなぁ」長尾が声に出してつぶやいた。
「いやぁ、係長、4台分はあるでしょう」大関が応じる。
長尾は上杉県直江支庁環境課廃棄物対策係長、答えた大関は警察を一昨年定年退職し、現在は長尾の下で不法投棄監視員という再任用職員として働いている。
今朝一番に環境課の電話が鳴った。
「はい、直江支庁環境課です」応対したのは今年採用されたばかりの宇佐美菊子技師であった。
「うちの近くの空き地に一昨日から大量の木くずが搬入されたんだ。不法投棄じゃないかと思うんだけど調べてくれないかなぁ」
「はい、こちらは廃棄物対策係ですから調べますが場所はどこでしょう」
「畑中町田端のバス停から300メートルほど北に行ったあたりだよ。」
「どのような物がどの程度でしょうか?」宇佐美は数週間前に長尾から教わった手順書に従い聞いていく。
「解体木くずだよ。来れば判るよ」
「あなたのお名前と連絡先を教えて下さい」
プチッ。ツーツー。電話はそこで切られてしまった。
その数時間後、長尾、大関、宇佐美の三人が木くずの山を目の前にして話している。
「それじゃ、大関さんは付近の聞き込みと適時この場所の張り込み。合間を見て所轄の直江警察署に寄って頂き、生活安全課がこの件にどの程度入っているか情報交換してきて下さい。」
「了解」大関は子供ほどの年の差はあるものの廃棄物処理法に関しては、長尾をリスペクトしているし、また、長尾も大関の警察官としての経験や人脈に畏敬の念を払っていた。
「宇佐美さんは私と一緒に、地元の畑中町役場住民課の村上環境係長と情報交換した後で法務局に行ってこの土地の登記簿謄本を取ってきてくれ」
夕方、大関が事務所に帰ってきた。
「係長。付近で聞き込みしていたらちょうど新たに木くずを搬入しているダンプに出会いまして、運転手に聞けました。地元の新近興業ってとこがやっているようですね。帰りに警察の五島特法犯係長と情報交換してきましたが、今、生活安全課は覚醒剤事案で忙しくてここ数日は手が廻らない状態とのことです」
「そうかぁ。じゃ、この事案はうちが先に手を着けておこうか」
「前田くん。新近興業に連絡して明日にでも現場に来るように伝えておいてくれないか」
前田は廃棄物処理法に携わり9年ほど経つ。来年には主任に昇格すると思われ、長尾係長からは全幅の信頼を得ている技師である。
「了解しました。明後日の10時でいいですかね」
木くずの山を前に、長尾、前田、大関の3人と、呼び出された新近興業の新近悟が立っている。
「新近社長さんですか?私どもは上杉県直江支庁環境課廃棄物対策係の者です」
「なんだよ。大勢で。突然呼び出しなんかしやがって。こっちは忙しいんだよ。要件はなんだよ。」
「要件に入る前にあなたが新近興業の新近悟社長であると判る証明書のようなものがないですかねぇ」
「そんなこと言うなら、そっちこそ役所の人間だとわかる物を見せろよ」
「これは失礼した。」そう言って長尾は廃棄物処理法の立入検査証を提示した。
「今日は廃棄物処理法第19条第1項の規定による立入検査を実施します。正当な理由無く忌避する場合は処罰の対象となることがあります。」
「わかったよぉ。ほれ、オレが新近興業社長の新近悟だよ」新近は運転免許証を提示し、脇に居た大関が手早く必要事項を書き写していた。さすが、元警察官である。
「この木くずの山は新近さんのものかな」
「そうだよ。オレんだよ。ここはオレの土地なんだから文句ないだろ」
実はこの時点で役場からの情報や付近の聞き込み、土地や法人登記簿から既におおかたの情報は手元にあった。しかし、本人の口から話させることも重要なことである。
「いくら自分の土地でも廃棄物をみだりに捨てるのは不法投棄になるんだよ。知ってるかなぁ。不法投棄って最高刑が懲役5年。だから下手すると5年間牢屋に入らなければならないかもしれないんだよ」
「懲役5年」と聞いて新近はちょっとたじろいだがすぐに空元気を出して
「冗談じゃねぇよ。不法投棄っていうのは廃棄物を捨てるから犯罪なんだろ。ここにあるのはオレにとってはお宝なんだよぉ」
「お宝?どんなお宝なんだい?」
「薪(たきぎ)さぁ。燃料として使う薪(まき)だよ。薪」
「その手で来たかぁ」長尾は心の中でこの男をどのように納得させ、原状回復させることができるか言葉を考え始めていた。
<つづく>
今回の確認
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